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[ホイール1本(単品)] CRIMSON / CLUB LINEA L747S KING LABEL (BKP) 22インチ×10.0J PCD:115 穴数:5 インセット:31

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[ホイール1本(単品)] CRIMSON / CLUB LINEA L747S KING LEHRMEISTER LABEL (BKP) 22インチ×10.0J PCD:115 穴数:5 インセット:31 サマータイヤ

精神科医の視点をこめて

著:服部 祥子
  • 判型 B6
  • 頁 280
  • 発行 2008年10月
  • 定価 2,160円 (本体2,000円+税8%)
  • ISBN978-4-260-00744-3
老いの豊かさ、味わい深さ。

。老い人たちに向ける精神科医のまなざし。

人生の究極で問われるそれぞれの生き方。精神科医としての40年の臨床経験のなかで出会った人々のエピソードを語りながら、成熟の輝きを放つ先人たちを12章にわたって紹介し、老いの豊かさ、味わい深さ、老いの醍醐味を論じる リョービ リモコンウインチ 130kg WIM-126RC ( WIM126RC )。人は生涯にわたって成長・発達し続けるものであるとする著者の人間讃歌。高齢者ケアを専門とされる方々に、またやがて訪れる自らの「老い」に思いをめぐらす方々にもぜひ読んでいただきたい。
序 文
はじめに

 加齢は宿命的に心身の老化をきたし、どんな人も体力の衰えを感じ生気が失われていくことから免れ得ない。しかし生涯のそれぞれの段階がそうであるように、老いには苦しみや悩みとともに老い固有の価値や魅力があり、人間的な成熟のチャンスは十分にある。
 数年前に、私自身も高齢者と...
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はじめに

 加齢は宿命的に心身の老化をきたし、どんな人も体力の衰えを感じ生気が失われていくことから免れ得ない。しかし生涯のそれぞれの段階がそうであるように、老いには苦しみや悩みとともに老い固有の価値や魅力があり、人間的な成熟のチャンスは十分にある。
 数年前に、私自身も高齢者と公的に定められている年齢(六五歳)を迎えた。寿命が驚異的に延びている現代日本社会にあっては、まだ老いの入口に立つに過ぎないのかもしれないが、ひとつの節目を越した今、老いについて私なりに考えてみようと思い立った。その時最初に頭に浮かんだ言葉が「憧れ」である。
 わが行く手の老いに思いをめぐらすとき、一番似合っている心性が憧れなのだと気づき、私はひとり苦笑した。なぜなら憧れは無限の可能性を秘めた思春期にこそふさわしい特性と一般的にいわれ、私自身もそう考えてきた。それがもはや良きも悪しきも多くの未知は既知となり、希望しても新たな能力や可能性の拓ける機会は少なく、残り時間も乏しい老年期にいたってなお憧れとは……という、半ば滑稽とさえ感じられる思いである。
しかし老年期を迎えた今こそ憧れをもちたい。自分の人格や気概や努力と無関係に、いつどんなできごとに遭遇し、脳や身体機能の壊滅が訪れるのか計り知れず、希望通りの老いを生きられるという保証はどこにもない。だからこそ、自分というものをはっきり意識している間は、先人の生き方を慕い、思いを寄せ、憧れの翼を広げてみたいのである。
 思えば人は幼少期よりさまざまな経験やできごとに遭遇し、発達をしつつ老いを迎える。したがって老いはその人の人生の究極であり、総決算である。それまでの日々をどう生きたかが老いに至って問われるのである。
 しかし人生最後のライフステージに至ってなお、残り少ない時間の中で、ことに絶望に足をすくわれそうになりながらも、人は思いもかけぬ新しい発想や観念や行動を生み出すことがあるのを、精神科医として何度も見てきた 。わが憧れの老い人(びと)にもそれを強く感じることが多い。それこそが老いのだいご味だと思う。
 とはいえ、人間は連綿と続く人生という時間の中で、唯一無二の自分というものを発達させていくという生涯人間発達論を唱える立場に私は立っているので、老いの新しい輝きもまた唐突なものではなく、その元となるものがその人の内に存在しており、それが立ち上がってきたと考える。遺伝や胎内性とともに幼少期や若き日の体験がどんなに小さくても火種のように灯されており、それが老いに至って大きく燃え上がり、その人の人間性を内側より豊かに発達させるのだと思う。
 詩人のポール・エリュアールはこんな風に詩(うた)っている。

   年をとる。それは己が青春を
      歳月の中で 組織することだ
                    (大岡 信訳)

 縦糸、横糸、斜め糸、ほつれ糸、迷い糸など、さまざまな糸が織りなされて味わい深い柄の一枚の布ができ上がるように、人が年をとるということは、青く若々しい青春の時から、偶然と必然のおびただしいできごとを織り込み組織しつつ、人生という布にその人固有の作品を仕立てあげていくことのような気がする。その意味から言えば、今目の前にいる思春期の若者に老いの姿を想像することと、今は老人となった人々の思春期に思いを馳(は)せることは、どこかで脈々とつながっているのかもしれない。
 思春期を専門として生きてきた精神科医であるから、わが憧れの老い人(びと)を眺める時、ごく自然にその人の幼き日や青春の季節に私はまなざしを向ける。本書にとりあげた憧れの先人たちのみならず、まわりの老い人(びと)たちの一人ひとりを眺める時にも、私は今現在の老いたその人の姿のみに視野を限定せず、それまでの歩み来し道に目を向ける姿勢を忘れまいと思う。そうすることで、どんな老い人(びと)にもその存在の厚みと味わいを見出すことができると信じているからである。

 服部祥子
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書 評
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